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仙台高等裁判所 昭和28年(う)656号 判決 1953年11月13日

控訴人 被告人 村山惣治

弁護人 逸見惣作

検察官 樋口直吉

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人逸見惣作の控訴趣意は、記録編綴の同弁護人名義の控訴趣意書の記載と同じであるから、これを引用する。

控訴趣意第二点について。

しかし、補強証拠はそれにより独立して犯罪事実全部を認定できることを要せず、自白と総合してこれを認定し得るを以て足りるのである。原判示六の事実に対する補強証拠として原判決の挙示する所論証人高橋多利蔵、同高橋ヌイの証言は、多利蔵が妻ヌイを通じて被告人から金員を借受けたことは真実であるが、何回も借りそれに数年も経つたので、その貸借の年月日及び金額(ただし、ヌイは最後に借りたのが五千円と述べている)を覚えていないという趣旨であるから、被告人の自白と相まつて原判示六の事実を証明するに足り、補強証拠として欠くるところはない。論旨はそれ故理由がない。

同第一点及び第四点について。

しかし、貸金業等の取締に関する法律がその第一条において、同法律は貸金業等の取締りを行い、その公正な運営を保障すると共に不正金融を防止し、以て金融の健全な発達に資することを目的とすると明示し、その附則第二項において、この法律施行の際現に貸金業を行つている者は、この法律施行後三月以内に第三条の規定により届書を大蔵大臣に提出しなければならないと規定している趣旨に鑑みれば、同法律施行の際現に貸金業を行つている者が同法律施行後従前からの貸金につき何等かの形でその条件を変更した場合は、これを同法律の取締の対象となる新たな金銭の貸付と解するのが相当である。原判示二の三万円の貸金は同法律施行前からの無利息のものを月一割と定めて約束手形を振出さしめたもので、原判示三の五万円の貸金は同法律施行前から貸与していた元金にそれまでの利息を加えたものを元金とし、利息月一割と定めて約束手形を振出さしめたものであることが、原判決挙示の証拠により明かであり、記録に徴しても所論のように当時被告人が貸金業をやめる意思であつて、単に従前の貸金を整理するために右約束手形を振出さしめたものとは到底認められないから、これを同法律にいわゆる金銭の貸付とみた原判決は相当であつて、所論のような違法は存しない。所論は民事上の考え方をそのまま直ちに刑事上の取締法規たる右法律の解釈に移そうとするもので、採用できない。論旨はいずれも理由がない。

同第三点及び第五点について。

貸金業等の取締に関する法律第二条第一項にいわゆる貸金業とは、反覆継続して行う意思の下に、不特定若くは多数人に対し、金利又はこれに準ずべき利益を取得して同法条同項所定の金銭の貸付又は金銭貸借の媒介行為を行うことをいい、右の利益を取得するものでないときは、貸金業とはいえないけれども、同法律の精神に鑑み、前記の意味における貸金業をする者がたまたまこれらの利益を取得することなくして金銭の貸付をした場合、該行為も該貸金業者の業としての金銭の貸付行為に属するものといわなければならない。従つて、たとえ、一連中の金銭貸付行為にその貸付先が親戚友人等の縁故貸であつたり、又はその貸付方法がいわゆる時貸であつたり、特に利息礼金等の支払を特約しなかつたり、若くは借用証書を徴せず、返済期限の定をしなかつたとしても、苟もこれを業として行つた以上、これらの行為も同法律所定の貸金業者としての貸付行為となさざるを得ない。されば、被告人の原判示貸付行為中に、相手方が知人等昵懇の間柄であり、その貸付の動機が相手方の窮状を救うためであり、或は利得を得る目的でなく却つて損害を蒙つた等の所論事情があつても、原判示貸付行為を業として行つたことが原判決挙示の証拠により認められ、記録を精査しても原判決の右認定に誤が認められない以上、被告人は所定の貸金業者でないのに、原判示金銭の貸付を業として行つたものといわなければならない。それ故、原判決には所論のような事実誤認乃至は法律の解釈適用を誤つた違法は存しない。なお亦、所論原判示四の金銭貸付につき、仮に所論のように利息の定めがなかつたもので、この点において原判決に事実の誤認があるとしても、前叙説明の次第で、右の誤認は判決に影響を及ぼすことが明かなものとはいえないから、原判決破棄の理由とならない。論旨はいずれも理由がない。

同第六点について。

記録を精査し、被告人の経歴、犯行の動機、態様、貸金業等の取締に関する法律の施行に当り当時被告人は約七十口合計約金四百万円を貸付けていて、関係係官から所定期日迄に届出でるよう書式までも置いて注意されたにも拘らずその届出をしなかつた点、その他諸般の情状を検討考量するに、所論の事情を参酌しても、原判決の被告人に対する量刑を目して重きに失し不当であるとは認められない。論旨は理由がない。

以上の次第であるから、刑事訴訟法第三百九十六条により本件控訴を棄却すべきものとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 板垣市太郎 裁判官 蓮見重治 裁判官 細野幸雄)

弁護人逸見惣作の控訴趣意

第一点、原判決は判示二、第三において(イ)昭和二十四年十月二十一日頃三宅重吉との間に予て貸与してあつた金三万円につき利息を月一割とし約束手形を振出さしめ(ロ)同年十一月二日頃及川嘉一郎との間に予て貸与してあつた元金に利息を含めて金五万円とし利息を月一割とし約束手形を振出さしめこれを受領整理したと判示した。然し、原判決自ら判示する通り被告人は三宅重吉に対して金三万円を貸付けたのは昭和二十四年十月二十一日でなく、又及川嘉一郎に対し金五万円を貸付けたのも同年十一月二日ではないのみならず原判決の引用する三宅重吉の証言によつて同人に対し被告人が昭和二十三年三、四月頃金三万円を、及川嘉一郎の証言及び被告人の検察官に対する供述調書によつて被告人が同人に対し被告人が昭和二十三年頃より同二十四年六、七月頃までの間に数回に合計金五万円位をそれぞれ貸付たこと明であつて判示の如く被告人は既存債権確保のため又は期限を猶予するため昭和二十四年十月二十一日頃三宅重吉をして金三万円の約束手形を振出させ或いは同年十一月二日頃及川嘉一郎をして金五万円の約束手形を書替させたのであるから、当初の貸付自体は固より適法なのである。このような約束手形の振出若くは書替を新な金員貸付と看做す事が出来ないのは勿論であつてすでに約束手形の書替に関しては大正四年十月二十六日民事第一部民録二一輯一七八二頁同十二年六月十三日民事第三部民集二巻四一〇頁昭和十七年十月九日刑第四部法律新聞第四八〇四号一二頁等幾多の大審院判例があるから原判決のようにこれを昭和二十四年十月二十一日頃及び同年十一月二日頃新に貸付けたものと看做して貸金業等の取締に関する法律の施行された昭和二十四年七月一日以後の貸付と認定して同法を適用したのは約束手形振出に関する法律解釈を誤つたものであつて原判決は破毀を免れない。

第二点、原判決は判示、六において被告人は昭和二十四年十二月四日頃高橋多利蔵に対し金五千円を同人の妻高橋ヌイを通じて貸与したと判示した。けれども高橋多利蔵は「問、何回位借りたか 答、私が借りたと云つても実際は私の名義で妻が借りたのでその点よく分らないのです。問、それでは借り受けの期間や利息はどうか、答、その様な事も妻ヌイと被告人間で取決めた事であり、それに私は妻から報告されたとしても永い間の事なので一々記憶して居りません。問、証人は昭和二十四年十二月四日に五千五百円借り受けた旨の顛末書を提出して居るがどうか、この時、高橋多利蔵作成の顛末書を示す、答、私はお示しの書面を作成した記憶はありません」と証言し高橋ヌイは被告人から何時幾ら借りたかは忘れたと証言して居るのであるから被告人が高橋多利蔵に対して金五千五百円を貸付けたのは判示第六のように昭和二十四年十二月四日である事を証明する資料は被告人の検察官に対する供述調書、司法警察員に対する第二回供述調書及び被告人が提出した百八十一万二千二百円貸金業等の違反取引一覧表あるに違ぎない。原判決はこの証拠書類と高橋多利蔵並に高橋ヌイの証言を綜合して被告人が昭和二十四年十二月四日金五千円を貸付けたと判示して居るのであるが、高橋多利蔵、同ヌイの証言は全然貸付金額貸付年月日を証明する資料とならないのであるから被告人の自白を補強する証拠とはならない。従つて原判決は被告人の自白のみによつて被告人に対し有罪の判決を言渡した事になるから破毀を免れない。

第三点原判決は判示四において被告人は昭和二十四年十一月八日頃高橋薫子に対し金二千円を利息月一割弁済期月末と定めて貸与したと判示した。然し高橋薫子は「村山さんは利息などはいらないという事でしたが御礼として二百円払いました」と証言し被告人に対し高橋薫子へ金二千円を貸与する様に頼んだ山崎助太郎は「利息はとらないで都合してやつてくれと被告人に話しましたしそれに高橋等から利息をとられたという事を聞いて居りませんので恐らくとられないと思います」と証言しているのみならず、被告人が高橋薫子に対し金二千円を貸与したのは山崎助太郎から高橋薫子が電車の中で月給をすられて困つているのに同情した結果であるから利息の定なかつたと見るのが相当と思われる。併も高橋薫子が被告人から金二千円を借受けたのは、昭和二十四年十一月八日頃でこれを返済したのは昭和二十五年二月以後である事が被告人の司法警察員に対する第二回供述調書によつて明かであるから少くとも四ケ月間金二千円を借受けた御礼として金二百円を被告人に対し支払つたからとしこの事から推定して利息の定あつた認定をするのは実験則に反する。原判決は利息の定ないのに拘らず利息の定あつたものと事実を誤解したものと謂うべく破毀を免れない。

第四点、原判決は被告人は約二十年以前より貸金業を営む者で、昭和二十四年九月三十日(貸金業等の取締に関する法律附則により現に貸金業を行つている者が大蔵大臣に届出書を提出すべき最終日)当時数十人に対し約七十口位に合計金四百万円位を貸付けていたものであり、昭和二十四年九月三十日までに所定事項を記載した届書を大蔵大臣に提出してその届出受理書交付を受けなければ右業務を継続する事が出来ないのに拘らずその手続きをとらずに判示二、三のように予て貸与してあつた貸金を整理するため約束手形を振出させたと判示した。然し乍ら被告人が昭和二十四年九月三十日までに貸金業等の取締に関する法律所定事項を記載した届出書を大蔵大臣に提出しなかつたのは貸金業をやめる積りであつたからである。この事は被告人の弁解のみならず山崎助太郎、宗真及び松村松太郎等の証言によつて明である。貸金業等の取締に関する法律は貸金業を届出営業としその実体を把握し乍ら不正不当な貸金業の取締を行いその公正な運用を保障すると共に不正金融を防止し金融の健全化を計るを目的として居るのであるから貸金業を廃業し従前の貸金を整理する丈の場合も猶且つ届出なければならない趣旨とは解されない。何故なら憲法第二十二条は職業選択の自由を保障して居るからである。従つて真に貸金業を廃業する積りで新な貸付をしなかつた被告人が三宅重吉及び及川嘉一郎に対する従前の貸金を単に整理するために約束手形を振出させた事は、仮令、被告人が貸金業等の取締に関する法律に基いて所定事項を記載した届出書を大蔵大臣に提出してその届出書受理の交付を受けなくとも、当然適法にできる行為である筈なのに原判決が右約束手形を振出させてこれを受取つたことまで同法に違反すると判示したのは法律の解釈を誤つたもので破毀を免れない。

第五点、原判決は被告人が貸金業等の取締りに関する法律に基いて同法所定事項を記載した届出書を大蔵大臣に提出してその届出受理書の交付を受けないにも拘らず判示一乃至六の様に貸付け不法に貸金業を行つたものと判示した。けれども、(イ)判示二、三は単に従前の貸金を整理したのであつて新たな貸付ではない。仮りに判示六の貸付が判示のように昭和二十四年十二月四日頃貸付けたものであつたにしても貸金業をやめて居た被告人が従前の関係から友人又は知人より夫々窮状を訴えられ再び貸金業を営む意志なく判示五を除いては利益を得る目的なく貸付けたのが四回に過ぎない。併も(ロ)判示六は高橋ヌイの証言で明な通り同人は被告人の妻と昵懇の間柄であつて常に無利息、無証文で随時何回となく被告人から借受けているのであるが、最後に借受けた金五千円は余り長くなかつたので金四百円の御礼をしている丈である。(ハ)判示一の貸付は友人宗真及び木村十三郎の懇願により松村松太郎が警官の制服の註文を受けその生地を買入れる資金に困つているのに同情して金三万円を無利息で貸付けたのであるが被告人はこれを金一万五千円に減額して返済を受けて居るのである。(ニ)判示四の貸付は山崎助太郎から高橋薫子が月給をすられて困つているから、助けてくれと頼まれ金二千円を無利息で貸付け窮状を救つたのであつて約定期限より三、四月を猶予し返済を受け僅に金二百円の御礼を貰い受けたに過ぎない。(ホ)判示五の貸付は山崎助太郎から頼まれ菊田茂に対して金三千円を利息月一割と定め金三百円を天引して貸付けたのである。元来貸金業等の取締に関する法律の制定公布当時は貸金業者の利息は日歩七十銭月一割乃至三割で併もオトリをとるのが普通であつたから同法施行に先立つて正規の手続きによる貸金業者の利息を法定する積りであつたが銀行等の金融機関の貸出日歩の最高限度は二銭乃至三銭厘であつて当時臨時金利調整に定める手続きによつて、貸金業の利息を法定すれば貸金業の特殊性をどんなに大きく評価して貸金業者に有利になる様に考慮しても日歩十二銭見当であつて十五銭を上廻る事がないと予測され若しこの程度の利息が法定される事になれば貸金業者の営業は到底成り立たない事になるから貸金業の届出は絶無となつて悉く無届のまま営業を継続する事になる。そうなつては折角貸金業を届出営業としその実体を把握し乍ら不正不当な貸金業を取締り公正な運用を保障すると共に不正金融を防止しようとする目的を達する事が出来ない。だからといつて金利の無政府状態を放置しておく事も出来ない実情にあつたので大蔵省銀行局長が全国財産部長宛に業務六法書の利息を日歩五十銭以下と記載して届出た際は受理して差支えないと通牒を発し行政的指導を行い金融の健全化を図る事にしたのであるから好意による無利息の貸付まで取締る事を目的としているのではない。従つて(イ)(ハ)(ニ)の貸付の如きは当然に業として不法に貸付けたものとは認め難いのである。そうだとするなら当時貸金業をやめていた被告人が再び貸金業を営む意思なく唯一回利息を定めて貸付けた(ホ)の貸付丈をもつて業として貸付けたものと認定する事は出来ない。原判決は被告人が業とて判示一-六の如く不法に貸付けたと判示したのは法律解釈を誤つたか、事実を誤認したか何れかであつて破毀を免れない。

第六点、原判決は判示一-六を認定し被告人を罰金三万円に処した。然し第五点記載の様な事情で被告人は債務者の窮状に同情し好意で貸付けたのであるが、利息を定めて新に貸付けたのは唯一回であるのみならず松村松太郎に対しては、半額金一万五千円に減額し金一万五千円の損害を蒙つて居たばかりでなく、及川嘉一郎に対する金五万円の貸金は殆んど回収不能に近いのであつて被告人は本件の貸付によつて得た利益は極めて少く全体として損害を蒙つているのである。加えて被告人は、本件貸付等に就いて司法警察員の取調を受けたので従前の貸金の整理のためにも貸金業等の取締に関する法律に基いて同法所定事項を記載した届出書を大蔵大臣に提出してその届出受理書の交付を受くべき事を知つて昭和二十五年一月十九日正式に届出て再び貸金業を営むことをしなかつたのであるから重ねて不法に貸付を行う虞は全然ないのであるから原判決が被告人を罰金三万円に処したのは刑の量定不当である。破毀を免れない。

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